おもしろコラム5月号
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同盟もトラファルガーの戦果も一気に雲散霧消させてしまった。この敗報がどれほどに衝撃だったのかは、それから一ヶ月半後、「アウステルリッツの敵弾は私にも命中した」との言葉を残して、小ピットが憤死したことが雄弁に物語っているだろう。この点、ドーバー海峡を隔ててナポレオンと対峙していたのは紛れもなく、首相であった彼だったということである。トラファルガー海戦でネルソンを失い、続けて、小ピットを亡くしたイギリスで、代わって、ナポレオンを追い詰め、ついに倒したのがウェリントンであるが、その、ネルソンとウェリントンは、生前、一度だけ会っている。植民大臣控え室でのこと、叩き上げのネルソンは歴戦の猛将らしく、隻眼にして隻腕。ウェリントンは一目見て、ネルソンだとわかったが、ネルソンはまだウェリントン侯爵となる前のアーサー・ウェルズリー陸軍少将をまったく知らず、ひたすら軽薄な調子で自分の自慢話だけを喋り続けたという。ところが、ネルソンは途中でどうやら、相手がそれなりの地位の人物だと気づいたようで、一度、部屋を出て行くと、扉番に中にいる男が誰か聞いたようで、戻るなり、それまでとは一転して、重厚な口調で、国の状態から大陸の現状や見通しまでを理路整然と話したという。あまり、友人には持ちたくないタイプではあるが、これはこれで凄いと思う。あるいは、豊臣秀吉など、現場の叩き上げから上り詰めたような者には共通するものがあったのかもしれない。 (小説家 池田平太郎絵:吉田たつちか)202005 /-          5月号-119

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