おもしろコラム 巨椋 修
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いまではTシャツや作務衣。作務衣は本来、日本のお坊さんの作業着ですからとても日本的。かくのごとく元々中華的であったラーメン屋が、近年になるほど日本的に変化してきました。こんなことはラーメン屋だけかも知れませんね。実に不思議です。  札幌といえば味噌ラーメン、九州といえば豚骨ラーメン、東京ラーメン、徳島ラーメン、尾道ラーメン、喜多方ラーメンと、ラーメンという食べ物は、実に多くの土地土地で独自に発展してきました。これらはあるときはマスコミの紹介で有名になり、あるときは大手食品企業がまだ全国に知られていないラーメンを商品化し、全国のテレビCMで流されることで有名になったり、あるときは観光客を呼び寄せるB級グルメとして開発され有名になったりと様々です。ラーメンは中華そばや支那そばと呼ばれていた昔から、ただの一種類ではありませんでした。明治より日本には多くの中国人がやってきましたが、彼らは広い中国大陸のいろいろな土地からやってきたわけで、中国のいろいろな土地土地には、それぞれの麺があり、それが日本のいろいろな地方のラーメンのベースとなったと考えられています。例えば札幌の味噌ラーメンは最初雑誌や新聞で紹介され、後にインスタントラーメンの『サッポリ一番みそラーメン』が全国で発売され、また全国にチェーン展開するチェーン店ができるなど、70年代には全国に知られるようになりました。九州の豚骨ラーメンは、白い豚骨のスープが特徴だが、これは長崎ちゃんぽんの影響であるといいます。さらに戦後の食糧難の時代、捨てるだけであった豚骨を何とか利用できないかというところから、屋台で豚骨ラーご当地ラーメンの謎164      

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