おもしろコラム 巨椋 修
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日本の長寿村・短命村を調べ続けた男     近藤博士が調査をしていた時代は、昭和10年頃から昭和45年ですから、戦前、戦中、戦後、そして昭和の高度成長期と長きにわたります。その間、日本人の食生活もずいぶんと変化したでしょうが、しかしそこには明らかにそれを多食すれば、短命になるというものがありました。意外なことに、それは日本人の主食お米、白米です。特に昔の人はお米を多食していました。大きなお茶碗に山盛りのご飯を、わずかなお漬物で何杯もおかわりするということは珍しいことでなく、むしろ当たり前の食習慣でした。当時の日本人にとって、いいえいまの日本人にとっても、お米は神聖であり、お米には「込める・籠める」といった意味もあり、それは霊的な力が籠っているという意味でもありました。そして稲(イネ)は『命の根』という意味でもあります。また日清日露戦争のとき、若者たちは「白いご飯がたらふく食べられる」というので、進んで軍隊に入隊したりもしました。江戸時代では、江戸っ子の自慢に白米を山盛り食べることであり、そのためビタミンB1欠乏症である脚気にかかる人が多く、脚気は江戸から出ると治ることから『江戸患い』とさえいわれていました。江戸時代では、白米は江戸や大阪のような大都会でないと常食できませんでしたが、昭和初期ともなると、多くの人が大好きな白米を食べられるようになってきましたが、それでもまだまだ贅沢品でした。187      

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