朝笑わせるには金曜日の夕方ジョークをいえばいい」などというブラック・ジョークを言われるのも、ちと、心外な気もします。ガイジンの皆さん、もし、日本人の庶民の笑いを知りたければ、いつでも、私が一献、お相手仕りましょう。殆ど、何がおかしいのかわからないと思いますが・・・(笑)。 (小説家 江戸時代、標準語は無かった江戸時代、日本には標準語は無かった。こういうと不思議に思われる方もあるかもしれませんが、でも、これは無理からぬ事で、当時は江戸時代を通して三百六十余州に割拠していたわけですから、たとえ元々は同じ言葉だった所でも三百年近くもギアナ高地状態を続けていれば言葉も違ってくるでしょう。ましてや、遠隔の地であればなおさらで、この辺り、度量衡を統一しても標準語は作らなかったというのも徳川幕府の深謀遠慮だったのかもしれません。(そういう目で見れば、幕末に日本の歴史を大きく動かした薩長同盟締結が双方の言葉に慣れた坂本龍馬ら亡命土佐人の仲介を必要とした・・・というのも頷けるような。実際、長州弁はまだしも、沖縄を別にすれば日本一難解と言われた薩摩弁を桂小五郎が理解したようには思えません。桂が同盟締結書の裏書に立会人である龍馬のサインを欲しがったというのもそういうことで、つまり、通訳が「誤1月号-151池田平太郎絵:吉田たつちか)201001 /-
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