おもしろコラム2月号2024
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でもあります。また日清日露戦争のとき、若者たちは「白いご飯がたらふく食べられる」というので、進んで軍隊に入隊したりもしました。江戸時代では、江戸っ子の自慢に白米を山盛り食べることであり、そのためビタミンB1欠乏症である脚気にかかる人が多く、脚気は江戸から出ると治ることから『江戸患い』とさえいわれていました。江戸時代では、白米は江戸や大阪のような大都会でないと常食できませんでしたが、昭和初期ともなると、多くの人が大好きな白米を食べられるようになってきましたが、それでもまだまだ贅沢品でした。そんな日本人にとって大切なお米ですが、近藤博士が全国990の村や町を調べたところ、米ばかりで野菜を食べていない村は総じて短命な人が多かったのです。漁村などでも、米と魚ばかりで野菜不足の村は短命であったとか。では長寿村の人たちはどのようなものを食べていたかというと、緑黄色野菜、海草、大豆食品を多く食べていたとのこと。魚は切り身ではなく、小魚を丸ごと食べる習慣を持っている人たちのほうが長寿であったそうです。●緑黄色野菜・海草・大豆食品が長寿の決めて       2月号-55

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