おもしろコラム4月号2020
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幕末の思想家・吉田松陰について私が強く印象に残った話があります。松陰の生家は、松陰の母が嫁いでくる以前は極貧の中にあったそうで、何故そうなったかというと、松陰の祖父が異常なほどの本好きで江戸詰め時代も家族への仕送りなどそっちのけで給料の殆どを本の購入にあて、そのまま持って帰国したところ、火事で膨大な本の山は家ごと焼けてしまい、以来祖父は茫然自失のままとなり、一家は辛うじて糊口を凌ぐのが精一杯の状態になってしまった・・・と。から陽性の人であり、彼女ならば赤貧にあえぐ杉家に明るい空気を持ち込んでくれるに違いない・・・と見込まれての嫁入りだったそうです。ところが、タキはこの極貧の杉家へ入ると、まず、何をやったか。何と!毎日、風呂に入ることを宣言したそうです。こういうと、若い方は失笑されるかもしれませんが、思えば当家も私が子供の頃には水道こそありましたが、お湯は薪で焚いてましたよ。(まあ、商売柄材木の切れ端には困らなかったということもあるのでしょうが。)何十杯と汲み上げては風呂桶に移し、それから火を起こし(ライターどころかマッチも無い時代です。)、薪をくべ・・・の時代です。そんな中へ、松陰の母、タキが嫁いできたそうで、この女性は、根っましてや、江戸期は、蛇口を廻すどころか、井戸からつるべで何杯、従って、当時は何人もの使用人を抱える大身の家以外、それなりの吉田松陰を育てた母が説く風呂の効用100

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