おもしろコラム4月号2020
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2015-04武家屋敷ですら、入浴は数日おきが普通だったそうです。当然、初めは周囲も分不相応と反対したそうですが、タキは、その重労働は「すべて自分がやる」ということで説得し事実、後に(松陰ら)子供達が成長して手伝い始めるまで、すべてを一人でやった・・・と。この辺のタキの心情は、永冨明郎著「武蔵野留魂禄くとも風呂ひとつで心が温まり、翌日への意欲が沸くならばとの思いがあった。貧すれば心までもが貧しくなっていき、更に寒さは一層気持ちを萎えさせる」・・・ということだったそうですが、この話は私も少し思い当たる事があります。私も以前、ある会社の営業をやっていた時代があるのですが、成績が上がらなくなってくると、人間、声が小さくなるもののようで、そうなると、また不思議に成績が悪くなる・・・。だから、売り上げが悪い時期が続いていても、気が付く限り、大きな声を出さなければならない・・・わけで、まさしく、「辛いときほど声を出せ!」でしょう。人間というものは、自分で起こした勢いというものに、自分も巻き込まれるような面があるのかもしれません。タキは息子松陰が「安政の大獄」で非業の死を遂げて後も生き続け、明治23年に84歳の大往生を遂げたそうですが、この点を、同書も、「心身ともに健康な人であったに違いない」と結んでありましたが、なるほどと・・・思わせられるものがあるような気がします。吉田松陰を紀行する」という本によると、「貧し(小説家池田平太郎絵:そねたあゆみ)おもしろコラム(4月編)/101

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