おもしろコラム4月号2020
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私がかねてより不思議だったのが、本能寺の変のとき、「囲んだのが光秀」と聞いた瞬間に、信長が「是非に及ばず(仕方がない)」と言って諦めたほどに用意周到で知られた光秀が、なぜか、近くに泊まっていた信長の嫡男信忠を囲み忘れてたという事実。(信忠のほうも、「光秀謀反」と聞いて、「あの光秀が俺を囲み忘れるわけがない。こうなったら、潔く斬り死にしよう」と討って出て戦死してしまったとか。)その上で、当時、光秀が置かれていた環境を見れば、まず、織田家というのは徹底した実力主義で、家臣は激しい競争にさらされており、脱落者には「創業の功臣」などという暖かい待遇は一切なく、用済みとばかり、排斥され、自殺に追い込まれました。それなのに、光秀はこの時点では、当時としてはもう高齢の六十代になっており、対して、跡を継ぐべき長男はまだ十四歳だったそうですから、こんなときに、光秀再起不能説などが出ると、一族の破滅に繋る可能性があり、つまり認知症を隠してでも働かねばならない立場にあったということです。そう考えれば、本能寺の変というのは、用意周到な光秀が練りに練って考えた計画などではなく、正常な判断が出来なくなっていた光秀が突発的に下した命令で、家臣たちも訳のわからないうちに始まったので、「信忠も囲む」という進言ができなかったと。そう考えれば、一番、しっくりきます。現実とは、それほど緻密なものの積み重ねではなく、案外、杜撰なことの連続体であるというのが、私の実感ですが、いかがでしょうか。(小説家池田平太郎絵:吉田たつちか)おもしろコラム(4月編)/105

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