つまり、「将来、儲かるけど、まずは自分では出せないくらいの元手がいる」・・・という場合などに、人が考えるのは「元手に相当する額を借りてくる」か、それが出来ないなら、「買える人の所へ持ち込んで手数料なり、販売益なりを得る」ということでしょう。後者の場合、そういう話を持って行くには、まず、「最初から、買えそうにない人」の所へは持っていかないわけで、「ぎりぎり買えるけど、買うのに、清水の舞台から飛び降りるような判断をしなければならない人」の所もなるべく避けたい・・・と。美味しい話が行く所は、①「買えるだけの資力がある」②「買うかどうか結論がすぐ出る」③「言い値で買ってくれる」の三要素を満たした人ということになるでしょう。現実には下から順に要素を満たしている人から話を持っていく・・・ということになるのでしょうが、もっとも、その三要素を一番最後まで満たす人・・・というのは、つまり、それくらいの大きな買い物をすることにそれほど抵抗がない人・・・ということであり、平たく言えば、庶民とは為替レートが二桁も三桁も違っている人ということになるわけですね。この点、よく、世上には、「美味い話はないか?」、「お買い得物件が出たら・・・」などと言う人が居ますが、いくら「買う気」があっても・・・と思わなくもないような気も。ま、いずれにしても、飲み屋の請求書如きで青息吐息の私には関係ない話ですね。(小説家 池田平太郎絵:吉田たつちか)201004/-第4章 教養のコラム 4 月号 -113
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