おもしろコラム4月号2020
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2012-04たちにとって穢れた豚を殺すのは、なんでもないことであったのでしょう。豚でもね)一方、ヒンズー教徒は牛を食べない。仏教、ヒンズー教の僧侶や上級のカーストになると肉食を避け、ジャイナ教徒は、肉を食べない。類を「おぞましいもの」として食べない民族もあります。イスラム教やヒンズー教の肉食タブーは、家畜を飼育するときのコストである程度説明がつきます。つまり、イスラム教やユダヤ教が生まれた砂漠や荒野は、豚が好む水や森が少なく、豚の餌は人間の食べるものとほぼ同じなので豚を育てるのに、あまり向かない。ヒンズー教の場合、インドの人たちは、牛を神聖な動物としつつ牛の飼育にほとんどお金をかけない。その牛の糞を無料の燃料にし、無料のトラクターとして使用しているため、殺して食べるよりも、ギリギリ死ぬまで生かしておいたほうが、オトクなのです。また、東洋の宗教には、肉食や屠殺をゲカレと考えるところがあり、肉食を避けたり、屠殺する人を差別したりする風習があります。江戸時代、日本で動物を解体するのは穢多非人身分だし、韓国の済州島は牧場があり、肉を扱う卑賤民として韓国人から差別を受けている。日本の在日朝鮮人には、済州島出身の人が多いが、これは済州島が朝鮮戦争でひどい戦場になったことと、差別のため日本に逃げてきた人が大変多いためです。かくのごとく、たかだか肉食ひとつに注目してみても、人間の営みというのは非常におもしろいものです。アフリカのある民族は海辺や川辺に住んでいるにもかかわらず、魚介食文化研究家巨椋修おぐらおさむ絵:吉田たつちか(</)(たとえ他人の飼っている136

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