おもしろコラム4月号2020
15/148

日本人が一年で一番楽しみにしている行事は、花見だろう。毎年、場所取りに奔走したり、弁当や酒に凝ったりと、準備の段回から心が弾む。冬の間に縮まってしまった心と体を、思い切り伸ばす為の宴にも思える。桜を愛でる歴史は深く、奈良時代に編さんされた『万葉集』にも桜の美しさを詠まれたものも見られる。しかしこの頃の花見と言えば梅であった。花見が桜になったのは、平安時代からだ。作庭文化が栄えつつあり、山から桜を移植し、気軽に楽しめるようになったからであろう。花見と言えば、桜の花を見るということが定着したのも、平安時代だ。武家が台頭し出すと、今度は美しさだけではなく、すぐに散ってしまうという儚さにも注目されるようになる。「花は桜木、男は武士」と言われるように、命を潔く散らす代名詞のよう呼ばれる。これは、第二次世界大戦まで続く、兵士の生死観として定着した。特攻隊の辞世の句に度々引用された。大愚良観和尚の歌「散る桜桜も散る桜」とあるように、桜を死の象徴として捉えていたようだ。残る花見の歴史おもしろコラム(4月編)15

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る