渋沢栄一は、宿敵、三菱の岩崎弥太郎との死闘の最中、妻・千代をコレラで亡くしている。栄一の嫡男篤二はこのとき10歳。普段家にいない父が看病に帰ってくるのが嬉しかったと、何ともいじらしい言葉を遺しているが、その父は千代死去の翌年、あっさり再婚。栄一としても地位ある身。いつまでも独り身というわけにはいかなかったのだろうが、篤二少年は新婚の姉夫妻に養育される身となる。ただ、姉もこのときまだ19歳。責任感の塊と化したのはいいが未熟は否めず、ひたすらガミガミ言うばかり。一方、その夫はまじめ一筋の東大法学部教授。肩書だけなら、理想の環境のように思えるが、「立派な物だけ見せておけば立派な人に育つ」というのは早計。篤二は熊本の五高に進学するも、金銭がらみの女性問渋沢栄一の息子とエジソンの息子第4章 教養のコラム 4 月号 -169
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