戦前の昭和6年(1931年)に発覚した陸軍軍人によるクーデター未遂事件に「三月事件」、「十月事件」があります。ともに、主導した「桜会」と呼ばれる陸軍エリート将校らの処分がうやむやに済まされたことから、その後の515事件、226事件を誘発したと言われ(515事件も現職の総理大臣を殺害しておいて、死刑ゼロというのは「次もやってね」と言っているに等しい話で、さらに言えば、226事件も事件後の昭和天皇の「朕自ら近衛兵を率いて鎮圧に当たらん!」という強い一言が無ければ、うやむやになった可能性もあったかと。)、最盛期には会員100名を超えるほどの勢威を誇ったとか。ただ、そこまで大所帯になると、なかなか一枚岩とはいかなくなるもの。まず、決起した時の本部をどこに置くかで議論百出。結局首魁・橋本欣五郎中佐の「参謀本部内の陸地測量部に置き、二階から地上に届くくらいの『錦旗革命本部』と書いた幕を垂らす」という案に決定。(いつの時代も、イメージは大事ということ。)クーデターは維持するのが大変....第4章 教養のコラム 4 月号 -179
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