(1879〜1959)の忌日。本名壮吉。別号断腸亭主人・して注目されたが、生活は困窮した。やがて小説家を目指して職や住居を転々とした。明治四十三年に「一握の砂」を出した。享年二十六歳。『白梅やひと日南をあこがれぬ』・4月30日=(荷風忌)東京生まれの小説家永井荷風金阜山人。広津柳浪に師事し、「地獄の花」などでのゾラを紹介。アメリカ、フランスに渡り、帰国後、「あめりか物語」「ふらんす物語」を発表し作家としての地位を確立した。のちに、江戸文学の研究のために落語家六代目朝寝坊むらくの弟子となって夢之助を名乗って活動したり歌舞伎座で福地桜痴の門下で狂言作者の見習いをするなど、江戸趣味による耽美享楽の作風に転じ、花柳界を舞台とする作品も多い。『紫陽花や身を持ちくづす庵の主』(ジャーナリスト 井上勝彦)201504- 4 月号 -18
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