おもしろコラム4月号2025
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んの縁談にも差し支えるんだろう。気にするな」で、秀吉は家を出て、独りで苦労を重ねながら累進出世を重ねた。そういう経緯があったからこそ、弟も兄に尽くし、母と妹は自分たちのために犠牲になった兄に報いるため、家康との和睦交渉の際には人質となって家康の下へ赴いた。一方の家康はどう思ったか。幼い頃に母と引き離され、人質として、家族の温もりを知らず過ごしてきた身。母と再会したのは自らが有力大名となった後である。兄のため、息子のためと危険を顧みず、次々と海を渡ってくる女たち。(当時はまだ、関西から三河までは伊勢湾を横断しなければならなかった。)家康は、独り、「家族とは何と暖かいものか」と涙したのではないか。弟を殺した信長、弟を頼りにした秀吉、そして、弟を知らずに育った家康。 (小説家 池田平太郎絵:吉田たつちか)202603/-       4 月号 -190  

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