おもしろコラム4月号2025
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余計な濁りが引いていく「清明」四月の初め、朝の光が少し強くなり、影の輪郭がきりっと締まる日があります。風は冷たさを名残として抱えながら、匂いだけはもう春の奥へ進んでいる。見上げた空が、ただ青いのではなく「青さそのものが澄んでいる」と感じられる瞬間——この感覚に、季語「清明」はよく似ています。清明は二十四節気のひとつで、春分の後十五日、陽暦でいえば四月五日頃に当たり、晩春の季語としても扱われます。説明には「春になり万物が清らかで生き生きとしていることをいう」とあり、言葉がそのまま季節の体温を持っているようです。「清明」の由来は、万物が清らかで生き生きとした様子を表す「清浄明潔」という言葉を訳したものだとされ、花が咲き、蝶が舞い、空は青く澄み、爽やかな風が吹くころだと語られます。つまり清明は、自然のまで行き渡る季節なのです。 清明の面白さは、晴れて気持ちがいい、という気分の話だけで終わらないところにあります。七十二候では、まず「玄鳥至(つばめきたる)」——冬を越したツバメが海を渡ってやって来て、農耕の季節の始まりを告げる。次に「鴻雁北(こうがんかえる)」——冬を日本で過ごした雁が北へ帰っていく。そして「虹始見(にじはじめてあらわる)」——空気が潤い、虹が見え始める。移動と帰還、そして光の現象までが、短い期間に折りたたまれているのが清明です。そして清明は、暮らしの暦でもあります。春キャベツやアスパラガスなどの春野菜、桜エビやさわらといった海の恵み、いちごやグレープフルーツなど、季節の食卓がいちばん「色」で語りかけてくるころ。行事としても、花まつりや入学の季節、お花見、十三参り、沖縄の清明祭(シーミー)など、人の営みが“”“”第1章 季節のコラム     見通しの良さ新しく始まるが世界の隅々方向へ揃ってい4 月号 -27

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