おもしろコラム4月号2020
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米の品種の一つなのです。もち米からうるち米への移行は、農民たちがうるち米を多く作るようにからです。日本人の携帯食はおにぎりだけではありません。お弁当です。お弁当は当初自宅で作るものでした。それを人やお店から買うという文化が生まれた最初は、江戸時代の芝居見物です。諸説あるのですが、最初は役者や裏方が幕の内(舞台裏)で食べていたのを観客にも売るようになったという説が有力です。お弁当は花見などの行楽などにも用いられ、重箱などにいろいろなおかずが使われるなど豪華なものも出てきました。江戸時代にはじまったお弁当を買うという食文化ですが、明治時代になると、それに「駅弁」というものが加わります。最初の駅弁は明治18年上野~宇都宮間が開通したとき、宇都宮の旅館白木屋の亭主が梅干し入りおにぎり2個にタクアンを付けたものを売り出したもの。やがて駅弁は全国で売られるようになります。最初はおにぎり程度のものが、やがて幕の内弁当や二段の折箱に入ったものなど豪華かなものや、ご当地の名物なども売られるようになりました。いまや駅弁の種類は2千とも3千とも言われ、これほど多彩な鉄道内で食べるものを提供している国は他にありません。駅弁も日本を代表する食文化といえるでしょう。客から注文を受けて作るという仕出し弁当屋は明治時代にすでにありました。会社から注文を受け、工●人から買うお弁当は芝居見物から●駅弁という食文化●コンビニおにぎりとほか弁の衝撃60

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