お公家さんたちは極貧にあえいでいる状態で、帝でさえ「腐った魚を食べさせられている」とまで言われたくらいでした。いっぽうの現実的に日本を支配していた武士はというと、日本料理の発達に手を貸したというより、むしろ、庶民たちが豪奢な料理を楽しもうとするとというものを発行して、料理を圧迫する方が多かったのです。なんといっても武士は食わねど高楊枝、武士たる者質実剛健でなければならぬというのがタテマエ。名君と言われる将軍や大名は、徳川吉宗や上杉鷹山など、とにかく質実にして倹約を奨励する人たちばかりで、少しでも贅沢をする将軍や大名はバカ殿呼ばわりでした。もっとも、武士が質実剛健であるべきというのはタテマエで、ある程度余裕のある武士は、結構享楽に通していたものです。元禄時代を生きた尾張藩の御畳奉行であ倹約令など“” 4 月号 -68
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