おもしろコラム4月号2020
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考えてみれば、人間の集まりから出来ているのが世間ですから極めて人間臭いものをもっているのも当然なのでしょう。(もっとも、当然ながら世間という奴は、いろんな要素をもっている以上、人間と一緒で、「いい奴」「悪い奴」で、簡単に線分けしてしまえるものではないようですが・・・。)世間というやつは、人と同じように、驚き、怒り、そして、嫉妬する・・・。この点で、思い起こすのが、フランス革命における革命指導者の一人で「ジロンド派の女王」と呼ばれたロラン夫人です。幼い頃から美貌と才知に恵まれていたこの女性は、長じてよりはルソーの思想をよく理解し、熱烈な民主主義者となり、やがては議会の多数を占めるジロンド派の黒幕的存在として「ジロンド派の女王」と呼ばれるまでになります。これにより、フランス革命勃発時には、その理論的指導者の一人として、これに参画しますが、やがて、革命の「熱気」は「狂気」の様相を帯び始め、夫人の「理想と理論」は「権力闘争」へと変質してしまい、ついには、夫人自身も「フランス人に自由を与えるのは早すぎた」という言葉と共に獄中の人となります。そして、やがて、ギロチン台に上ることになった夫人は、今度は、「自由よ、汝の名の下でいかに多くの罪が犯されたことか」との言葉を遺して刑場の露と消えるわけですが、これこそ、革命という物の持つ特質の一端がわかるように思います。つまり、革命という物は、往々にして、「自ら発する欲望という名の熱により、当初の理想や理念などとはほど遠い物に変質してしまうことがある」ということです。(革命が熱を帯びるのは、革命という物の本質が持たざる者が持つ者に取って代わるという階級闘争である以上、やむを得ない話であると思います。即ち、「持たざる者」とは「持ったことがない者」であるとも言え、一旦、そういう人が持てる立場とおもしろコラム(4月編)93

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