おもしろコラム4月号2020
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戦国時代、今日の岡山県一帯に盤踞した戦国武将に宇喜多直家という人物が居ます。備前から、備中、美作の一部まで、ほぼ、今日の岡山県に相当する版図を一代で切り取ったほどの武将です。といっても、意外に知られていない人物で、むしろ、豊臣家の五大老の一人にまでなった息子の宇喜多秀家の方が知られているのかも知れません。直家は、享禄2年(1529年)の生まれ。上杉謙信より1歳、織田信長より5歳の年長です。宇喜多家は、元々、名門であったものの、直家6歳の時、祖父が暗殺されたことから一気に没落し直家は流浪の少年時代を送らねばならなかった。その後、成長した直家は、備前国に勢力を持っていた浦上宗景に仕え、宇喜多家復興の為に、政略謀略をもって頭角を現し、次第に備前に勢力を伸ばしていきます。彼は、まず、祖父を暗殺し、宇喜多家没落の発端となった島村盛実を暗殺したのを手始めに、舅である中山信正や龍口城主所元常を殺害。その後も、三村家親、金光宗高などを暗殺し、その所領を自己のものとするなど勢力拡大に勤め、浦上家中でも、並び立つ者無き実力者となった。次に、安芸(広島県)を中心に中国地方一円を支配する大大名、毛利輝元の勢力と浦上家が対立するようになると、今度は宇喜多直家の成長戦略おもしろコラム(4月編)95

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