おもしろコラム6月号
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くさんあったとか。)が、彼を取り巻く環境は過酷でした。身代金を奪われた挙句、犯人を逮捕できなかった警察の「まず犯人ありき」の強引な取り調べと、世論に押され、最初から、「まず死刑ありき」だった裁判所の体制もあり、ハウプトマンは最後まで無罪を主張するも死刑となります。真相は今となってはもはやわかるはずもなく、私が言いたいのは、彼自身のことです。彼は元々、ドイツ人で、豊かではないものの敬虔なキリスト教徒の母の薫陶を受け、四人兄弟の末っ子として、本来なら、そのまま、平凡で穏やかな一生を送るはずでした。その彼の運命を狂わせてしまったのが「戦争」です。    6月号-130  第一次世界大戦が始まると、彼ら四人兄弟は徴兵され、上二人の兄は戦死。自身は怪我こそしたものの無事、復員しますが、軍隊では、「必要なら盗め」が常識だった上に(時には上官の愛犬を盗み、皆で食ってしまったとか。)、敗戦国ドイツの経済は崩壊。悪性のハイパーインフレが国中を覆い、失業者は国中に溢れる一方。これではまるで、神が悪の道へと導いているような。やむなく、盗みを繰り返すうちに逮捕され、出所後はアメリカに密航を企て、三度目でようやく、成功。その後は、犯罪に手を出せば強制送還される危険があったことから、マジメに暮らし、同じドイツ系の女性と結婚。妻や友人に囲まれ、好況の波にも乗って経済的にも順調、幸せな生活を送っていたとか。戦争は人の生活を根底から破壊するということでしょうか。         (小説家 池田平太郎 絵:吉田たつちか)202306/-  

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