おもしろコラム6月号
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世界で注目もお弁当ですが、お弁当も日本独特の食文化だったのです。 そもそも欧米ではサンドイッチ程度でしたし、中国では冷えた料理を食べる習慣がなかったのですから、お弁当もおにぎりもありませんでした。 台湾では日本統治時代にお弁当が定着し、東南アジアではいまでも屋台で食べるのが普通。 そんなお弁当ですから、お弁当箱という小さな世界でも、日本人の混ぜない文化が入っています。お弁当箱を仕切って、ご飯とおかずが混ざらないように工夫したり、あるいはおかずを丼の上に置くようにご飯の上に置きますが、混ぜこぜにはしない。 ちなみに丼物は19世紀、江戸時代の後半から末期に出てきたもので、歴史的にはそう古いものではありません。 ただし丼物は江戸の短気な庶民が食べるもので、上流階級の人が食べるものではありませんでした。だからいまでも、日本食の作法では、ごはんの上に乗せて食べる子とはマナー違反とされているのですから、当然、丼物もお弁当も上流階級の人はごはんの上におかずを乗せるなんてことはしなかったようです。 ちなみにいまは当たり前の「ふりかけ」も大正時代に開発されたもので、江戸時代のお弁当にはありませんでした。 これらはお米を神聖視し、白いお米を汚してはいけないという日本ならでは風習があったからだと思われます。日-         本のお弁当文化も時代に合わせて変化しているのですね。       (食文化研究家:巨椋修(おぐらおさむ))20160  6    6月号-56  

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