そう考えると、熱帯夜とは単なる気象現象ではなく、日本人の暮らしと感性を映す鏡なのかもしれない。暑さを不快と切り捨てるのではなく、その中にある「静けさ」や「記憶」と向き合うこと。それこそが、熱帯夜を味わう唯一の方法なのだろう。エアコンのリモコンに手を伸ばす前に、一度だけ、外の空気を吸ってみる。濃い夜の匂いと、少し湿った風に包まれながら、「ああ、夏が来ている」としみじみ思う。現代の都市は熱を逃がす余白を持たない。コンクリートに蓄えられた昼の熱が、夜になっても街を離れず、空調に頼る暮らしがますます当たり前になる。だが、それでもベランダに出て夜空を見上げれば、月の光と虫の声に包まれて、夏を楽しむことが出来る。熱帯夜は、不快で、愛おしい。そんな矛盾を抱えた時間である。その瞬間こそが、熱帯夜の真の贈り物なのかもしれない。 (ジャーナリスト 井上勝彦絵:吉田たつちか)202507/-第1章 季節のコラム 7 月号 -43
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