おもしろコラム7月号
85/197

不思議なことに、日本人は猪や鹿を【薬と称して】食べても豚は食べず、鴨や雉は食べても鶏はあまり食べませんでした。当然、牛を放牧したり、養豚場を作るという文化もあまり発達しませんでした。おもしろい事例として、広島や岡山など瀬戸内海近辺では、町に豚を放し飼いにしていたという記録があります。これは土地の人が食べるためではなく、何十年かに一度海を渡ってやってくる朝鮮通信使をもてなすために、町に放し飼いにしていたのです。江戸時代、日本には犬を綱などにつないで飼うという習慣は、富豪が大型の洋犬を飼う以外にあまりありませんでした。多くの場合、犬は町に放し飼いになっており、町の人たちが残飯などを与えて町全体で飼う「町の犬」だったのです。それと同じように、広島の町中では豚が放し飼いにされ「町の豚」として飼われていたというのです。どうも江戸時代以前の日本人は、野生の動物は食べても家畜はあまり食べなかったようです。(まったく食べなかったわけではありません)ときどき「仏教や神道では獣肉は穢れとしていたから」という人もいますが、●日本人のたんぱく源お米と大豆食品だった●広島藩では豚が町中で放し飼いにされていた第2章 食のコラム       7 月号 -85

元のページ  ../index.html#85

このブックを見る