話を戻しますと、日独伊三国はそこに至る指導者の顔ぶれも微妙に似通っています。つまり、イタリア統一の三傑とドイツ統一の三傑は、その果たした役割で「維新の三傑」に似る・・・ということですね。イタリアは、悪名を恐れぬ辣腕の現実主義者カヴール、軍事的名将ガリバルディ、理想主義的批判者マッツィーニ。これは、そのまま、ドイツのビスマルク、モルトケ、ローン、そして、日本の大久保利通、西郷隆盛、木戸孝允にします。まあ、もちろん、日本でも三傑だけが維新を主導したわけでもないし、生い立ちや役割など、微妙に違うところはあるのですが、それでも、三傑がこういう形で分類されるというのは、たまたまの偶然などということではなく、あるいは、民族が興隆するときの一つの形なのかも知れません。そう考えれば、同じ時期に同じような形で「世界」にデビューした三国が、曲折はあったにせよ、ともに第二次世界大戦の敗戦国となったのも、あるいは、歴史の必然だったのかも。 (小説家 池田平太郎絵:吉田たつちか)201909/- 136
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