おもしろコラム9月号
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ことは聞いちゃいかんよ」と。で、ついでに、「どうして、七人の侍の撮影のとき、泣かなかったんですか?」と聞いたら、「人は悲しみを超越すると笑いがこみあげてくる」と言ったとか。植木さんは、「偉人のすることはわからないねー」と苦笑してましたが、私には、むしろ、こっちのほうが真実なんじゃないかと思えました。人間観察の達人、黒澤らしからぬ話じゃないかと。本来、これこそが、幾多の死をみつめてきた世代のリアリティではなかったでしょうか。思えば、これが、明治27年(1894年)生まれの卜全さんと、明治43年(1910年)生まれの黒澤監督とのジェネレーション・ギャップだったのかもしれません。ちなみに、黒澤監督も、この老人には手を焼きながらもその飄々たる庶民の味は結構、お気に入りだったようで自らの映画には名バイプレーヤーとして、多数、起用しておられます。特に、卜全さん自身はまったく酒を嗜まなかったにも関わらず、酔っ払いの演技は絶品だったとか。ついでに言うと、卜全さんは、52歳で初めて結婚、55歳で映画デビュー、さらに、76歳で歌手デビュー(当時としては史上最高齢)、40万枚を売り上げるヒットを記録。一方で、私生活では、絶えず、「妻を守るため」に傍らに「錐」を忍ばせていたなど、実生活でも「奇人」だったようですね。            (小説家 池田平太郎絵:吉田たつちか)201509/-      164

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