おもしろコラム11月号
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41年。後の平民宰相・原敬(当時の肩書きは前内務大臣)も世界一周の旅に出ているが、このとき、原が用意した費用が180日で2万円、現代の価値に直すと約2億円だという。(現代でも、マイクロソフト社の創業者、ビル・ゲイツの家族旅行は150億円と。もはや、富豪の世界は私の貧困な想像の範囲外である。)で、私が言いたいのはそこではなく、弥之助一行は東京から汽船に乗ったのだが、船がシンガポールに入ったところで事件が起きる。船内の日本人客に、伝染性が疑われる病人が出たのである。こうなると、外国人はもとより、日本人ですら誰も近づこうとしないし、中には露骨に嫌悪する者も。ところが、この時、一人、これに接近し、看護する者があった。弥之助である。同行者の日本郵船取締役が見かねて、「感染するようなことがあっては、ご不幸であるのみでなく、体裁も悪いのでお近づきにならぬほうがよろしいでしょう」と忠告したところ、「ありがとう。しかし、同胞の悩むのを傍観は出来ぬよ。注意しておるのでたやすく感染するとは思えないが、たとえ感染したとしても私は放ってはおけん」と答えたと。 「体裁も悪い」という辺り、いかにも日本的な気もするが、これを聞いて、一同、我が身を恥じたのか、以後は皆で介抱し、この患者は無事、快癒することができたという。いささか出来過ぎたような話だが、「失意の時こそ 当の友達が分かる」という言葉がある。が、この患者氏もまさか「本当の友達」が世界的大富豪・岩崎弥之助だったとは夢にも思わなかったであろう。     (小説家 池田平太郎絵:吉田たつちか)202011/-本  11月号-135

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