広報いとう 21年05月号 他
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■大正6年高等科女子卒業生15名 (大正6年熱海町尋常高等小学校卒業記念写真帳)■熱海町尋常高等小学校全景(大正6年熱海町尋常高等小学校卒業記念写真帳) ■は、袴をはき髪を結い上げた大正6年の高等科女子卒業生だ。今で言えば中学2年の年齢であった。学校を巣立っても互いの絆は固い。昭和47(1972)年の開校百周年協力者名簿を見ると、明治ひつじ会・大正6年竹馬会などの同窓会組織の名が46もずらりと並んでいた。 卒業生は共に熱海の発展に尽くし、共に母校を支える厚い人の層を地域につくっていたと言える。大正6年『卒業記念写真帳』には、「自治共同の精神を養い、別れた後も同窓に親しみ母校を思い、自他の利益と幸福を図ろう」との北野慶光校長の言葉があった。 校舎を建てて「学校」をつくり、地域が支える。それが昔も今も変わらぬ教育の姿だとすれば、学校統合期の今こそ、私たちは北野校長の言葉をかみしめたい。                       〈加藤 好一〉表紙の写真詳しくは各支店または営農生活課(0557-45-6585)昭和15年3月卒業生が建てた熱海尋常高等小学校之跡碑令和3年度新採用職員今年度は6名(男性4名、女性2名)の職員がJAあいら伊豆の仲間となりました。3月の研修を経て各配属先で頑張っています。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。48日本で唯一の日刊農業専門紙 日本農業新聞を購読しませんか?熱海市春日町 ■をみよう。これは、大正2(1913)年に清水町から移転・新築した熱海小学校の大正6年の姿である。校舎は今の熱海駅に向かいあう高台にあった。 石段の途中には鉄扉の石門。さらに30数段上ると正面玄関とハイカラな貴賓室が見える。周りは畑で春はすみれやタンポポ。桃山には桜が咲き誇る。そこを約千人の児童が列をなして通ったという。 中央に見える大屋根は講堂で雨天の体操も可能。特別教室も2つある。今から108年も昔に、人口6,439人の小さな町がいかに教育に力を注いだかが分かる。熱海小学校ここにありき新

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