・文:コラムニスト ふじかわ陽子
・/絵:吉田たつちか
・発行:2021年4月
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昔話『花咲じじい』は、みなさんよくご存知かと思います。正直じいさんは幸せになり、意地悪じいさんは不幸になる。身近にある勧善懲悪モノといえるでしょう。
この『花咲じじい』は、人間が幸せになるためのコツが詰まっているお話です。人間はただ物を食べ排泄をするだけでは生きられません。それは獣の「ヒト」と呼ばれるもの。人間となるためには、社会性が必要になってくるのです。人間が生きるための社会とは、社会性とはどうあるべきなのかをつづったのが、昔話『花咲じじい』なのです。
まず正直じいさんは、何があっても現状を受け入れます。偶然の出会いを大切にするからこそ、迷い犬は「ここ掘れ、わんわん」と財宝のありかを示し、その犬が死んだあとも臼となり財宝を生み出し、その臼が燃やされ灰になっても花を咲かせます。
そこに悪意はなく、現状をありのまま受け入れ邪推などいたしません。自分たちと信頼関係を結んだ犬と小さな「社会」を作りその「社会」を大切にするためにできることをしただけです。加えるなら、信頼関係を崩さないために、隣の意地悪じいさんが何をしたとしても復讐をすることなどありません。攻撃に反撃をしたなら、そこで新たな関係「敵」となってしまいます。これでは平穏な生活など送れません。だから、新たに正直じいさん自身の幸せを、彼自身の中で生み出しました。
一方、意地悪じいさんは妬み嫉みで凝り固まり、常に正直じいさんを監視しています。一見、人間臭いように感じますが実は違います。意地悪じいさんは自分を全く見ていないのです。つまり、自分自身も信頼していないといえます。こうなると、誰とも信頼関係を結べず、自分の社会を築くこともできません。非常に孤独だったでしょう。孤独だったからこそ、財宝を手に入れた正直じいさんが羨ましかったのかも知れませんね。
人間は一人では生きていけません。だからこそ、周囲と折り合いを付けながらも「社会」に所属し生きていきます。妬み嫉みは自信を社会から孤立させる要因です。裏を返せば、現在孤独な人は妬み嫉みを止め、誰かを信頼することから始めれば、孤独感は薄れていくでしょう。
「枯木に花を咲かせましょう」とは、幸せで実りある人生のことなのかも知れません
(コラムニスト ふじかわ陽子)2021-04