*当店では挿絵入りコラムを800本以上在庫(毎月4本増加)しています。貴社のチラシや社内報などに使えるよう単品での販売もおこなっております。
・お買上げいただいた、デジタル媒体(イラストおよび文)は、1回のみ使用OKです。・学級新聞、社内報、広報誌、企業のニュースレター、新聞、雑誌等にご使用いただけます。・使用の際、作者(絵と文共)のキャプションは必ず記載してください。・使用されましたら、当該ページをFAX(042-563-0277)またはメール(atecinoue@gmail.com)にお送りください。・著作権は放棄しておりませんので、当該イラスト、文(コラム)について、単独データとして再販はできません。
<購入手順>
1.一覧から必要なコラムを見つけてください。2.ページが開いたら画像を開いてください。記載しているコラム分はわざと小文字で薄く表示していますので、ご了承ください。3.画像をクリックすると購入ページが開きます。4.1点(イラストと文のセット)に付き500円(税込み)です。pdfファイルにてダウンロード販売です。画像を別途ダウンロードしたい時は、このページから行ってください。(画像にマウスをあてて、右クリックし、「名前を付けて画像を保存」を選択してダウンロードしてください。5. 入金を確認次第、当該コラムセットを添付してメールで送信して納品とします。
TEBRA書店・CCpaper  店主:井上勝彦  関連サイト https://omosiro-column.com/

夜八時に寝たカーネギー

・文:小説家 池田平太郎
・/絵:吉田たつちか
・発行:2021年5月

*挿絵入りコラムの単品販売です。


*画像をクリックしてショップでお買い上げください。
ダウンロード販売です。


 過日、友人二人が、二人とも夜8時に寝るというのを聞いて、ちょっと驚きました。確かに、私ももう十分に、年とともに朝早く目が覚めるようになってはいるのですが、さすがに、夜8時はまだ仕事していますよ。
 で、ちょっと思ったことがあります。アメリカの鉄鋼王、アンドリュー・カーネギーは、子供の頃、寺の鐘が毎夕8時に鳴ると寝床に入り、鳴りやむ前に寝たとか。カーネギーは1835年、イギリスのスコットランド生まれですから、日本でいえば、高知県出身の三菱財閥創始者、岩崎彌太郎と同年ということになります。つまり、当時は日本に限らずスコットランドに限らず、世界中の大半の人が日没とともに布団に入り、夜が明けると同時に起き出す生活をしていたわけですね。
 というのも、日没後の灯りには鯨油や菜種油しかなく、どこもそうした油は高価で、庶民には無縁の品でした。しかし、時代の足音は着々と、庶民への灯りに近づいてきます。1859年、アメリカ合衆国ペンシルバニア州で油田発見。既にその13年前に、石油から灯油を精製する技術が紹介されていましたので、油田の発見は、人々に一気に光源としての灯油を普及させることになりました。(灯油は鯨油一ヶ月分の費用で、一年分の灯りが確保できたとか。ちなみに、その石油の精製で財を成したのが、石油王と呼ばれたロックフェラー財閥の創始者、ジョン・ロックフェラー。こちらは1839年、ニューヨーク州リッチフォードの生まれですから、カーネギーと岩崎彌太郎の4歳下、つまり、同世代ということになります。)
 ちなみに、日本に衝撃を与えたペリー来航は灯油精製技術紹介と油田発見の間の1853年。ペリーが日本に開港を求めた理由の一つに、捕鯨船の物資補給地の確保があったのはこのためで、逆に言えば、石油発見がもう少し早ければ、ペリーは日本に開国を求めなかったか、もしくは、開国圧力は弱まっただろうということです。このことは、日本のみならず、ペリーにとっても不幸なことで、ペリーは、日本を開国させながら、重圧から解放された気の緩みがあったのでしょうか、直後に体調を崩し、ようやくに帰国してみれば、自分を送り出した政権は違う党の政権に変わっており、祝うどころか、国民からは「予算の無駄遣い」と激しい非難にさらされ、失意のうちに死んだとか。
 一方、この頃は、第一次ともいうべき、日本からの海外留学ブームだったようですが、彼らはペリーの悲哀などに思いをはせることもなく、ただただ、日本では大身の家か裕福な商家などでしか見られない「灯り」が、どこの家庭にも普通にあることに、アメリカの豊かさを感じたでしょう。
(小説家 池田平太郎)2021-06

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です